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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和51年(行ス)1号 決定

抗告人

佐伯覚秀

外五九名

右訴訟代理人

村本勝

相手方

立山町教育委員会

右代表者委員長

金山時雄

右訴訟代理人

島崎良夫

外一名

主文

原決定中、抗告人佐伯福男を除くその余の抗告人らの関係部分を取消す。

相手方がなした立山町立立山小学校(所在地、富山県中新川郡立山町芦峅寺八番地)廃止処分並びに昭和五一年三月二九日抗告人佐伯福男を除くその余の各抗告人らに対してなした同抗告人らの被保護者である別紙「児童氏名とその保護者たる抗告人」一覧表記載の各児童の昭和五一年四月一日以降就学すべき小学校を立山町立立山小学校(所在地富山県中新川郡立山町宮路五番地)と指定した各処分の効力を本案判決確定に至るまでいずれも停止する。

抗告人佐伯福男の本件抗告を却下する。

原審、当審を通じ本件執行停止申立費用中抗告人佐伯福男に関する分は同抗告人の、その余は相手方の各負担とする。

理由

一本件抗告の要旨は

1  立山町立立山小学校(所在地立山町芦峅寺八番地、以下旧小学校という)の廃止処分は実質上存在しないものである。相手方も本案訴訟である富山地方裁判所昭和五〇年(行ウ)第二号小学校廃止処分取消請求事件の答弁書並びに本件につき昭和五一年四月一二日原審に提出した意見書の記載中において明らかに自白しているところである。しかし相手方はそれにもかかわらず昭和五〇年三月二四日富山県教育委員会に対し学校教育法施行令第二五条に基づく旧小学校の廃止の届出をなし、ついで旧小学校所属の校長等教員を他に配置換して欠員を補充することなく、昭和五〇年四月二二日には旧小学校校下を同町立立山小学校(所在地立山町宮路五番地、以下統合小学校という)通学区域と定めた立山町立小中学校通学区域設定規則を制定公布し、昭和五一年三月二九日には抗告人佐伯福男を除くその余の抗告人らに対し本件就学通知による処分をなし、同年四月一日からは旧小学校校舎に施錠してこれを閉鎖している。それらはいずれも旧小学校廃止処分の存在を前提とするものである。

したがつて、抗告人らは外形上一応存在するものと認められる旧小学校廃止処分の取消を求めるものである。

2  また、旧小学校廃止処分は相手方の教育的見地に基づく独自の判断によるものではなく、専ら立山町長のなした政治的決定に相手方が盲従した結果に過ぎないことは原審における相手方代表者金山時雄審尋の結果に照らしても明らかである。

しかし小学校の設置または廃止等の事務が地方公共団体の長ではなく教育委員会の権限に属することは地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二三条第一号の明文の存するところであり、その趣旨が教育の自主並びに中立の維持にあることは疑いを容れないから、右の旧小学校廃止処分は明らかに違法無効というのほかはない。

加うるに、相手方は旧小学校廃止処分につき適法な公告をなしていないのであるから右は有効要件を欠くものとして取消を免がれない。

3  さらに、本件就学処分は学校教育法施行令第六条に基づくものと解されるが、同条は本来前条の規定を受けて翌学年の初めから二月前までに就学通知をなすべき旨規定し、やむを得ない場合にもできるかぎり速やかにこれを行うことを要求しているものであるところ、相手方は特段の事由もないのにこれを怠り、翌学年開始の一日前に至つて始めてこれをなしたものであつて、その違法は蔽うべくもないものである。

4  原審は相手方教育委員会が昭和五〇年三月二四日なした旧小学校廃止処分並びに昭和五一年三月二九日抗告人佐伯福男を除くその余の抗告人らに対してなした統合小学校就学処分により右抗告人らの被保護者である前記児童の通学距離が九ないし一〇キロメートルにも及ぶこととなり、立山町の提供するバスを利用しても、なお冬期の通学には遅刻を免がれず、また、児童の急病など緊急事態の生じたときも遠隔のため保護者である右抗告人らにおいて迅速適確な措置をとり得ないおそれのあることなどを認定しながら、なお、緊急事態における学校側の適切な措置を期待できること或は今日電車又はバスを利用する通学が広く行われていることなどをあげて、前記事情は本件処分により生ずる「回復の困難な損害」とは解せられないと判示して抗告人の本件執行停止の申立を却下した。

5  しかし、児童の通学距離の適否は、その心身の発育状態、交友関係さらには家庭との結びつきなど諸般の事情を参酌して総合的に配慮さるべきものであり単に通学の手段、所要時間のみから判定することは妥当でない。

そもそも、児童の通学距離は及ぶかぎり近距離であることが望ましく、従つて義務教育諸学校施設費国庫負担法施行令第三条第一項第二号にも児童の徒歩通学距離の基準を四キロメートル以内と定めているので、本件の場合の如く毎日九ないし一〇キロメートルの遠隔地の統合小学校へ往復することが児童にとつていかに過大な肉体的心理的負担となるかはいわずして明らかである。

6  抗告人らはすでに富山地方裁判所に対し相手方を被告として本件各処分の取消を求めて訴を提起し、右は同庁昭和五〇年(行ウ)第二号事件、同五一年(行ウ)第一号事件として係属中であるが、判決があるまでに右各処分の執行を受けるときは、児童らはその生活と教育の上に著しい悪影響を蒙ることとなり、児童の保護者である抗告人らはこれにより回復困難な損害を受けることとなるのでこれを避けるため緊急の必要があるから原決定を取消し右各処分の執行を停止するとの裁判を求める。

というにある。

二よつて按ずるに、本件疏明資料(後記本案訴訟記録と本件記録)によれば、左のとおり認められる。

富山地方裁判所昭和五〇年(行ウ)第二号小学校廃止処分取消請求事件並びに同庁昭和五一年(行ウ)第一号就学処分取消請求事件として、抗告人ら主張の本案訴訟が現に継続中である。

1  まず、抗告人佐伯福男の本件申立について。

同抗告人は抗告人ら主張の就学通知による処分の直接の相手方ではないが、地域住民として旧小学校廃止処分により住民の子弟の教育を受ける権利が侵害される旨主張して旧小学校廃止処分並びに相抗告人らに対する就学処分の取消を訴求し、同様の理由を前提として本件申立に及んだ。しかし、現にその児童が旧小学校に就学している場合或は就学予定者である場合は格別、同抗告人のごとく地域住民というだけでは旧小学校廃止処分並びに本件就学処分の取消を求める前記本案訴訟において同抗告人がその取消を求めるについて法律上の利益を有するものとは認めがたいから、同抗告人に関するかぎり、その本案訴訟について理由がないものと見える場合にあたるものというべきで、本件執行停止申の立は理由がない。

2  抗告人佐伯福男を除くその余の抗告人らの申立について。

(一)  富山県中新川郡立山町が町条例により旧小学校の廃止と統合小学校の設置を決定し、統合小学校設置条例の施行日は昭和五〇年四月一日と定められた。

相手方は昭和五〇年三月二四日右条例に応じて旧小学校の廃止と統合小学校設置の件を審議し、旧小学校を昭和五〇年三月三一日限り廃止することを議決し、直ちに富山県教育委員会に対し学校教育法施行令第二五条に基づいて旧小学校廃止の届出をなした。

しかし、相手方は右廃校について公告等の手続をとらず、昭和五〇年四月一日以降も旧小学校に若干の教員を派遺して授業を継続した。

ついで、相手方は昭和五一年四月一日の新学期に先立つ同年三月二九日抗告人佐伯福男を除くその余の抗告人らに対しその被保護者である別紙「児童氏名とその保護者たる抗告人」一覧表記載の各児童の就学すべき小学校を統合小学校と指定した書面を右抗告人らに対し発送し、翌日これを到達せしめ、他方、旧小学校々舎に施錠してこれを閉鎖した。

(二)  右の経過が認められるところ、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二三条により相手方が立山町の処理する教育に関する事務で教育委員会所管の同法第三〇条に定める小学校の設置、管理及び廃止に関することを管理執行する権限を有することを併せ考えると、執行停止の対象たる相手方による旧小学校の廃止処分が存在したものと解することができる。

(三) ところで、右廃校処分と右抗告人らに対する統合小学校への就学通知による処分によつて、抗告人らの児童がその居宅から統合小学校まで片道各九キロメートルないし一〇キロメートルを通学のため往復しなければならず、旧小学校への通学距離より著しく増大することとなる。もつとも立山町当局は統合小学校への往復に通学用バスを用意する旨言明し、また、徒歩と右バスによる以外に電車その他の交通手段がないわけではない。しかし、右廃校処分によつて右児童らことに低学年児童らにとつての旧小学校への徒歩通学による居住地域の自然との接触、それについての理解、また、右抗告人らと右児童らにとつての旧小学校と家庭との親密感、近距離感等旧小学校への就学によつて維持される人格形成上、教育上の良き諸条件を失うこととなり、それは右抗告人らにとつて回復の困難な損害といわねばならない。

つぎに、右児童らが統合小学校へ就学する場合、通学はバスによるにしても冬期豪雪時の遅刻、不参はさけがたいものであり、また、児童の緊急事態に際しての保護者である右抗告人らとの連絡、応急措置上の不都合、或いはバスによる交通事故の危険等が予想され、これは一種の教育的条件の低下というべく、それが統合小学校への就学によつてえられる諸々の利点を考慮しても、なお右抗告人らにとつての回復の困難な損害といわねばならない。

そして、これらの損害を避けることが緊急を要することであることもいうまでもない。

さらに、相手方の右廃校処分と前記就学通知による処分の取消を求める右抗告人らの本案請求については一応理由がないと見える場合とは解しがたく、また、前記各処分の効力を停止することは立山町の財政に若干影響すること等を考えられなくはないが、いまだ公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるものとすることもできない。

三以上の次第で、抗告人佐伯福男の本件執行停止申立を却下した原決定の一部は結論において相当であつて、同抗告人の本件抗告は理由がないからこれを却下すべく、その余の抗告人らの本件執行停止申立はその理由があるものというべく、その申立を却下した原決定のその余の部分は失当であるからこれを取消し、行政事件訴訟法第二五条第二項に則り右抗告人らのため本件各処分の効力を本案判決確定に至るまで停止することとし、原審、当審を通じ相手方と抗告人佐伯福男間並びにその余の抗告人ら間の各申立費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を各適用して主文のとおり決定する。

(西岡悌次 富川秀秋 西田美昭)

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